作詩大賞・その後

昨日はリアルタイムで見てまして、OPが終わったあたりで僕は部屋に移動して最後まで見たわけですが、どうやら両親もリビングのテレビで見てたらしく、今日になって母親から感想が語られました。
父「あいつ最近よく馬券当てるよなー」
・・・おっとこれは違った(苦笑)。いやいや父ちゃんだって昔ミホノブルボン-ライスシャワーのダービー万馬券取ってるじゃん。あの時点でライス買えるなんてすごいもんだよ。


「衣装が着物っぽくてよかったね」
・・・他に言うことはないのかと(苦笑)。でも何かしらのアピールになったんじゃないかと思います。
考えてみればガチガチの演歌勢に囲まれて、普段から「昭和歌謡」といわれてるとはいえポップス畑からは℃-uteだけ(だったと思ったなぁ)という状況。
去年の10月から今年9月の間にリリースされたすべての曲の中から55曲がエントリーされて、そこから選ばれた11曲のうちの一つが『江戸の手毬唄II』。これだけで立派な快挙なんじゃないですかね。僕はそう思いますよ。まぁ℃-uteの功績じゃなくて吉岡先生がすごいんですけど。あらためてお礼を言いたいです。いい歌詞をありがとうございます。


(ここから妄想)
本気で賞を取りにいくつもりだったら、五木さんの『江戸の手毬唄』は10月22日発売で来年の選考対象期間に含まれるわけだから、『II』の存在を無視して来年まで待った方が可能性は高かったのかもしれない。
でも、今年、『II』で、℃-uteで挑んだ。
なぜだろう。


謡曲の新しいスタイルの提示、なんてことはないでしょうかね。
若年層が演歌とか歌謡曲(ってもっと広い範囲を指す言葉のはずなんだけど)を聴かなくなって、逆に中高年層はヒットチャートを賑わしているJ-POPを知らない。俺も知らないけど。
この状況を打破するためには、たとえば「江戸の風俗を現代のティーンエイジャーの女のコが歌う」みたいな古いものと新しいもののコラボレーションっていう手法もあるんじゃないだろうか。
もしもそんな考えがあって、実行するために℃-uteが選ばれたのだとしたら、これは名誉だなぁ。
℃-uteには「未来」が託されている、なんてちょっとかっこいいじゃないですか。まさに「未来はいつもここにある」ですよ。
(妄想終了)


・・・とここまではまぁまぁよかったんですが、その後に強烈な一言が。
「まだ十代でしょ? おじさんばっかりイベントに来て大変だねー」
(ノ∀`)
母ちゃん・・・それを言っちゃあ、おしめぇよ。