のこす、のこる、うた。

ハイ、需要のないコーナーです。適当に読んだり読まなかったり(ry。


ようやく『ナインティーン・トゥエンティ』が届きまして。通して聴くのは土曜の電車の中のお楽しみにするとして、とりあえず『19才』『片想い』『せつないかもしれない』あたりを聴いてみました。
やっぱいいね。
なんかねぇ、こうスーッと沁みるんですわ。
曲自体もいいんですが、懐かしいというか、ああ俺は確かにこの歌聴いて生きてきたわ、という感慨というか。
発表から20年近く経っていて、その間聴き続けたわけでもないんですが、ずっと自分の中にあった、残ってきた歌なんだなと。


「今流行ってる歌に20年後も変わらぬ魅力を持ち続けるものがどれくらいあるか」なんてありきたりな流行音楽批判へはもっていきません。だってそんなもの20年経たなきゃわからないし、世の中には残ってなくても俺の中には残ってるぜ、というものもある。それでいいのだし、その人にとっては他の「(いわゆる)名曲」にも劣らない価値がある。僕にとっての円谷優子がそうであるように。


流行歌っていうのは時代に合わせて作られるものではあるのですが、今好きで聴いている歌も、20年経ってふと振り返った時に自分の中に残ってるといいな、残っていてほしいな、残したいな。そんな風に思います。