読書の秋

从;・ゥ・从<体育の日なのに!?
そんなこといったってしょうがないじゃないか。読みたくて注文した本が今日届いたんだから今日読んで何が悪い。
从;・ゥ・从<だからって2周することもないんじゃないかと
だって面白いんだもーん。

アニメックの頃…―編集長(ま)奮闘記

アニメックの頃…―編集長(ま)奮闘記

『戦闘メカザブングル大事典』に出会ったことに始まり、中学〜高校時代を読者として過ごしたアニメック。こいつが休刊したことがアニメから離れた大きな要因である、といっていいくらい僕に影響を与えた雑誌でした。映像作品にはじまる表現物を「見る」(音楽なら「聴く」)だけじゃなく「語る」「読む」というアプローチを教えてくれたといっても過言ではないでしょう。もう少し後で出会った『よい子の歌謡曲』と並んで、僕のスタイルを固めた存在であるわけです。
したがって、その編集長を務めた「(ま)」こと小牧雅伸氏となればエンターテインメント愛好家としての僕にとっての父親のような存在偉大な先輩の一人でありまして、伝手を辿って潜り込んだターンエーガンダム発表記者会見の質疑応答で、とっくに雑誌がなくなっているにもかかわらず「アニメックの小牧です」と名乗ったその姿には思わずスタンディング・オベーションを捧げそうになりました(苦笑)。


軽妙で、なおかつ未だにモノを教えてくれる氏の文章には感服しきりです。フォーティーズに入る前に「<聖路加>の正しい読みは<せいろか>ではない」(IMEは変換してくれますけど)ということを知ることができてよかったです。これで恥をかく危険が一つ減りました。あまりにもモノを知らない人間なんで一つ減ったくらいでどうにかなるものでもないですが。

「よーし、明日から各自、売って歩け」
 社長がみんなに命令を出した。
「何か変だなぁ・・・・・・」
 私は漠然とした違和感を持ちながら本の山と格闘する営業部の人たちを見ていた。出版社だったら倉庫があるのに・・・・・・。
「何が変なんだ?」U杉(引用者注・初代副編集長)が聞き返した。
「いや、なんてのかなぁ、たとえば少年マガジンって、講談社の社員が本屋に運ぶのかなぁ。そしたら運び屋だけで凄い数いるんじゃないかと思ってさ」
「馬鹿だなぁ、講談社なんて何万人も社員居るんだぞ。学研はおばちゃん雇って各学校で科学と学習売ってるじゃないか」
「ああ、そういえばそうだなぁ」

(P22/「第一章 木造二階建て、六畳一間の変形編集室」/「アニメック伝説」)

出版の素人が始めた雑誌の、主に草創期〜成長期の面白おかしい内情バナシという点では、今までに読んだものでは『本の雑誌血風録』(椎名誠)『本の雑誌風雲録』(目黒考二)に近いものを感じますが、それに加えて1970年代末〜1980年代初頭のアニメブームの中に「半分ファン、半分関係者」のような形で深く関わった筆者ならではの「歴史の証言」にもなっています。


そういう話とならんで、恐らくこの話は書いてあるだろうと予想して見事的中したのが、

 現在、オタクという言葉と、そのカテゴリーの人はメディア全般に長けた人というイメージがあります。別にそれにとやかく言うつもりはありません。ただ、初期の「オタク」は違ったのですよという昔話をさせて下さい。

(P55/「第三章 合併号奇跡の完売」/「合併号ができた」)

 まず最近の世間一般の勘違いから説明すると、編集関係の人にこの数年で何度か質問されたこんな内容があります。「オタクというのは一九八三年に中森明夫が【発明】した言葉なんですよね」それは宮崎事件を発端にマスコミが「オタク族」という言葉を説明するのに使ったからではないのかなぁと思います。

(P56/同/同)

この手の話はアニメックでも読んでいたのですが、捨ててはいないけど現在の所在が不明な今の状態では確認することもできず、こういう形で確認できてよかったです。
詳細は読んで確認していただきたいわけですが、
「某掲示板でよく見かける<迷惑ヲタ>という表現は<頭が頭痛>なわけね」
「やっぱり<オタク>はたとえ<ヲタク>と表記を変えようが蔑称だわ。胸を張っちゃオカシイよ」
なんてことを思いました。僕が日々の更新で「ヲタク」「ヲタ」という表現をなるべく使わない(リアルでは話の通じやすさ優先と自嘲・自虐のニュアンスを込めて使います)理由もそんな感じだったりします。


後半、U杉氏に代わって副編集長となる「二代目」氏が登場するわけですが、「こりゃあ実名出せないわな(笑)」という面も紹介しつつ、さすがはメディア事業に力を入れている某大手出版社の社長になるだけの人物だと唸らされる超やり手エピソードも続出。アニメックを劇的に変えた人物といっていいでしょうね。


文庫でもないのに巻末には氷川竜介氏による解説がありまして、アニメ評論の第一人者(私見)にしてアニメックのライターだっただけあって「ここだけ読めば概略がつかめる」くらいの名解説(笑)。

 そして本書は「まだ当時は生まれてません」という若い読者にこそ読んでほしい。いまは当たり前のように存在するアニメ作品も雑誌も商品も、こうした往時の狂騒、混乱、冗談めかして語られているウソのようなホントの話の上に確立したものなのだ。そしてすべては「道がなければ作ればいい」というフロンティア精神と「何かせずにはいられない」というパイオニアの情熱がもたらしたもの。それをぜひ心に刻んでほしい。
 それはあらゆる時代に通じる「苦難突破の呪文」のようなものだから。「こんなバカバカしいもとがアリなんだったら、こんな些細なことぐらいは」と開き直って各自の壁を突破する契機に、ぜひ活用していただきたい。

この「なければ作れ」の精神は、当時生まれてはいたけどまだ小学生だった若くないおっさんにもけっこうな影響を与えていて、回りまわってこんなおかしなブログになっていたりもします。


さて、3周目いこうかな・・・。