ボンヤリちょろちょろ

静岡行ってないけど書くよ。
もうね、今日の自分の独り相撲感ったらなかったですわ。そりゃあ万馬券が当たるのは気持ちが高まるし懐が暖まるのはいい気分なんですが、℃-uteコンを見て「いやー楽しかったなー面白かったなー俺たち幸せだなー」という認識を共有するキュー友たちと、だからこそあえて℃-uteの話を脇に置いて*1色々とワイワイ盛り上がる時間の心地よさに比べると物足りなさってのはあるわけで。
何かトンチンカンなことを書くと思いますけど、「あー仲間に入りたいんだね(笑)」と生温かく見守っていただければ。



℃-uteは、たぶん知っているのだろうな。


コンビニのおにぎりだって、それを買いに行くのに着ていく服だって、誰かが作るからそこにあって自分のものにできる。


僕たちは名前も知らず会ったこともない無数の無名の人々によって支えられ、また僕たちも誰かを支えている。


一人で暮らすことはできても、誰も独りでは生きられない。


そういう「つながり」の大切さやありがたさ、重みというものを。



ねぇ君、僕はこう思うのさ。人生なんて紙芝居だと


たとえばステージで歌う時。トークする時。握手する時。
彼女たちは僕らを見ると同時に、僕らの後ろに「その場にいないけど自分たちを支えてくれている人々」が見えている、その存在を意識しているんじゃないだろうか。ということは僕らが関東で握手する時に、彼女たちの目にはもしかしたら℃-u州の人々の姿が映っているかもしれない。それはそれで(以下自粛)(苦笑)。


僕らは僕らであって僕らでない。
一人ひとりが自分の名前や人格を持った個人であると同時/同等に、「℃-uteファン」という一つの共通項でつながるざっくりとしたまとまりでもある。少なくとも、ステージの上から見える僕たちというのはそういうものなんじゃなかろうか。
そう考えると色々なことが納得できるのは僕だけでしょうかね。


そういう気分もあって、「俺が入らなくても俺たちの誰かがそこにいる。それでいいじゃないか」と回避したのだけど・・・やっぱり入るに越したことはないね(苦笑)。
とはいえ最近の千秋楽は地方公演が多くてねぇ、なかなか気軽に出かけるわけにもいかないわけで。また前橋あたりでやってくれないかなぁ。宇都宮でもいいよ。

*1:我々の飲み会はそういう展開になることが多い。というか毎回そんな感じ。