ブリキにタヌキに洗濯機
从・ゥ・从<やってこいこい大巨神?
あるいはヰセキ田植機金色伊勢崎、みたいな。
从・ゥ・从<ドゥドゥビドゥ〜ビドゥビドゥ〜ビドゥヴァァァァァァァァァァァ♪
それは伊勢佐木町ブルースだ。
ボヤキとかつぶやきとかそういう感じ。出かける前にスッキリしたいわー、という目的だけで書いたもので、読んだ人への配慮は一切しておりません。自己責任でひとつ。今日は楽しい現場だよって方々、特に松戸組の皆さんは避けた方がよろしいかと。つーかこんなもん読まれちゃうと顔合わせづらいじゃん(苦笑)。
「作家性と大衆性」
なんてことをここ何ヶ月かボンヤリと考えたり考えなかったりするわけさ。
たとえば、どこかの音楽プロデューサーが、
「日本のおコメの素晴らしさを広めるアルバムをハロプロ総動員で作ろう!」
なんて考えたとします。冗談であるか否かに関わらず、地球上で彼しか出せないようなアイディアなので、オンリーワンの魅力を備えた作家性に富んだものとなるでしょう。
でもそれって誰も求めてないよね、みたいな。
作家性がないと感じるものに価値を見出すことは難しいけど、大衆性がないものって単純に面白くないの。
amazonの商品ページに「カスタマーレビュー」ってあるじゃないですか。あれってうっかりレビューなんて名前がついてるものだから、思わず評論しちゃう人っているよね。「このアルバムから○○は長い低迷期に入る云々」とか。そんなの読んで誰が買いますかっての。営業妨害ですか? 俺がこれから買おうとするものの価値をお前が判断するな、みたいな「レビュー」多いですよねぇ。そういう性格のものなのかもしれませんが。これが「この商品を紹介してください」って名前だったら、もっと違ったものになったと思うんです。
で、そういうレビューって、どんなに正しいことが書いてあろうと人の心を躍らせることはないわけです。そんな言葉を吐き出し続けるのは・・・
(オ゚Д゚)<それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ!
从・ゥ・从<ギエロン星獣の話ktkr
シチュエーションが全然違うけどね。
同じ労力を使うなら、僕はできるだけ人の心を躍らせるものを書いていきたい。
正しいことが人の心を沈ませるなら、僕は正しくない方を積極的に選択する。
誰かの心が光や熱を得ること以上に正しいことなんて、なくたっていいじゃないか。
正直は美徳ですけど、何事も度を越すとよい結果は生まないもの。
「嘘をつく馬鹿、嘘つかぬ馬鹿」
「嘘は罪、嘘をつかないのはさらに重い罪」
そんな言葉もありましたっけ。
从・ゥ・从<わーがまーまはっ 男のー罪っ♪
从・ゥ・从<そーれーをー許さーないのは女のーぉ罪ぃっ♪
『虹とスニーカーの頃』か。財津和夫さんといえば『切手のないおくりもの』を℃-uteに歌ってほしいと僕は思っています。
自分が不用意に発した一言が、「自分の愛好する何か」と「同好の友となるかもしれなかった誰か」との出会いの機会を台無しにする。誰かの人生を変えたかもしれない一曲や一冊、一本に(結果的に)出会わせない。それは文化的犯罪行為といっていいものかもしれなくて、その恐ろしさに対する自覚が少しでもあればもっと違うものになるはず、違うものにしようと気を遣い、アタマを使った末の言葉になるはずなんだ。
簡単にできちゃうことだからあまり省みられることのないものですが、僕らはもう少し言葉を発することに対する「恐れ」を強く意識してもいいんじゃないのかな。法にも公序良俗にも反するものじゃないし、誰に迷惑がかかるわけでもなし。
「自分らしさにこだわる」ことと「他人を認めない」こととは違うよね。
何の話だっけ?「作家性と大衆性」か。忘れてたよ。
たとえるなら、自分の思うまま、感じるままを(バカ)正直に打ち出していくのが作家性、他人の存在を自分と同じくらい大事にするのが大衆性・・・みたいに捉えてますけど、ちょっと苦しいかな。たとえ話が下手なヤツは頭が悪いというか客観性に欠けるといいますが、それはひとまず措いといて。
自分と自分以外のバランスをとるってのは、何かを発信したり伝えたりすることをやっていれば、プロでなくてもぶつかるところ。クロサワとかビートルズなんてものを経験している人類の21世紀には時代遅れでナンセンスな話になってなきゃいけなかったところだけど、残念ながらヲレたち天才じゃないからなぁ。
ここの文章もできるだけわかりやすく書いてるんですよ、とかいったらみんな驚くだろうなぁ(笑)。
最近注意してやっているのが「記憶の記録」。知識というほど体系化されてはいないものの、僕もこの世界無駄に長いので、色々な記憶とか思い出とかあるじゃないですか。そういうものを僕ひとりの頭に死蔵しておくのも寂しい話かなーと。Web上に残しておけば、たとえば100年後でもグーグルさんの頑張り次第で閲覧できるわけだし。
だから決して若い人たちを遠ざけてるわけじゃないんですよ(笑)。
とはいえ、ここまで書いたことを豪快にひっくり返しますが、「わからない人」に対しては今まで以上に冷淡、もしくは冷酷になっていくと思います。「矢島舞美ならびに℃-uteの魅力を全地球規模で発信する」という使命がついて回るファンブログとしては反則、ひょっとしたら犯罪的行為かもしれませんが、今までだってそれができてたわけじゃなし。
「わからない人」ってのを説明しないとそれこそ「わからない」ね。
世代的、あるいは文化的な違いなのだと思いますが、僕は「知りません/わかりません」という言葉を「知りたくない/わかりたくない」という意味を込めて平気で発言できる人を心から憎むことができるんです。向上心の欠如を誇るなバカが、くらいの気持ち。
学生時代も社会に出てた時期も「知らない/わからないは恥」と叩き込まれ、「そんなことを喚いてみたって誰もお前を助けない。自分でなんとかしないならここにお前の居場所はない」という文化で生きてきましたから、そういう言葉はもっと圧倒的な敗北感や屈辱を噛みしめて、泣きながら呻くように絞り出すものだという意識を持っています。
大手掲示板でも「新半R」「ぐぐ低」なんて言葉は使われなくなって久しいですが、僕はアレをとても優しい言葉だと思っています。何でも教えちゃうってのは捨て犬に一度だけエサあげて放置、みたいなもので、一人で立てない病人を増やすだけだと思うんだけどなぁ。
専門知識がないとついていけない話も頻繁に出ますけど(苦笑)、僕としては専門分野の話をしてるつもりはないんですよ。
基本的に人間の心とか情の話*1のつもりで書いているので、そこで「わかりませーん( ゚д゚)」みたいな反応をされてしまうと、「だったら生まれる前からやり直してこいよヽ(`Д´)ノ」という気になります。別にマニアックでもセクト主義でもないでしょこの程度のことは。
・・・さあオチに困ったぞどうしよう。どうせそのうちタイムアップだし、ここらでバッサリでいいか(笑)。