大きな愛で、多くの愛で。

結局ガッチャマンだけじゃおさまらず、ザンボット3のDVD-BOXを引っ張り出してラスト2話を見てしまいました。こういう時こそザンボット3ですよ。「お前ら何のために戦ったの?」「地球を守るためって、それって誰か感謝してくれんの?」と主人公が敵に問われる話を見るわけですよ。どん底まで落っこちることは保証しますぜ(苦笑)。ヲレもドMだなしかし。
そういやザンボット3は3年近く前にも見たな。進歩ないねー俺。



まとまりのないままにぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる頭の中をのた打ち回る感情にもならない気持ちの流れは、最終的に僕の場合はやっぱり僕らのキューティーリーダーの元へ還っていくわけです。


さあ皆さん、もう一度考えてみましょう。


仲間を失った次の日に。
201人から総ツッコミを浴びて。
それでも笑顔でいる。


ハイ、できる人は手を挙げて。



(泣)



なんで矢島舞美という人はそういうことができるのか。
この先長いんでいきなり結論にいきますが、自分が「愛されている」ことを知っているから、だと思うわけです。美女放談を見てからますますこの仮説には自信が持てるようになりました。
充分に愛情を受けて生きている、そのように信じられる人というのは自然に内面から輝くし、また少々のことでは凹まないのかもしれません。するとその逆に、自分が愛情を受けていることを信じられなくなっている人は心が折れやすいのかもしれません。今回のケースは必ずしもこのパターンに当てはまるものではないのかもしれないと思ってますけれど。


かつてハローに在籍していたある女性の話ですが、「最近CDが売れない」ことを気に病んで友人に相談していた、という報道を目にした覚えがあります。
その頃からでしょうかね、僕にとって「CDを買う」という行為に別の意味が加わったのは。



アイドル稼業の女のコにとってもっとも日常的に受ける愛情というのは、大部分が家族からのものでしょう。次いで友人であったり、ステディな関係にある相手を持つならばそれもあるでしょう。


仕事においては、なんといっても観衆/聴衆から愛情を向けてもらわなければなりません。それが仕事ですから。まぁ業界内外でチカラ(要は人脈とカネですね)を持ってる人の愛情を得て仕事を安定させるというのもありまして、いつの時代もそういう人はいますけど、それはそれとしてひとまず措いておきましょう。僕の情報収集能力と文章力では扱えない代物ですので。


愛情というのはダイレクトに定量化することができないものなので、なかなかそれを実感することができないかもしれません。
ただ僕らにはそれを伝える手段がある。CDを買う、メディア出演をチェックする、コンサートやイベントに足を運ぶ、ラジオにメールを送る、有線やリクエスト番組にリクエストを出す・・・実に様々です。
定量化せずともダイレクトに伝えられる、という点では現場がもっとも手っ取り早いかもしれません。これは僕が現場大好き中年である故のバイアスのかかった意見ですが、イベントでやりたいことを尋ねられて「握手会」と答える矢島舞美はかなりの「現場派」だとはいえるかもしれません。自分を応援している人の存在を常に確認したいんでしょうね。


ただ現場に行ける人の数にはどうしても制約があります。では現場に行かずとも同じように「君はこれだけ多くの人たちに愛されている」と伝えられる手段はないでしょうか。
僕はそれが、


数字


ではないかと考えます。見ればわかるものですから、これは伝えやすいし伝わりやすい。そしてテレビ・ラジオの視聴/聴取率というのはなかなか動かせるものではない。そうなると僕らが僕らの力で押し上げることができる(可能性がある)のは「売上」がもっとも目立つところかなと。


もちろんイベント参加応募券に釣られている部分が大ですが、もう今の僕にとってCDやDVDや雑誌やグッズや生写真を買う行為というのは、


「彼女たちを応援する者たちの思いの定量化に近いもの、少なくともそう思わせられるものであろう『数字』というプレゼントのためにファンみんなでおカネを出し合うというイベントに参加する」


という意味合いなのです。だから「有名になってほしいけど事務所のカネ儲けに利用されるのはまっぴら御免」という考えはないですね。僕らが衣食を削って捻出したおカネがいったんUFG内でプールされ、回りまわってオッス君が食べるラーメンやお菓子の代金になると思ったら僕だって腹は立ちますが(笑)、それはもう僕にとって「僕らとあのコ(たち)の関係に便乗して誰かが勝手にやってること」でしかないのです。脳内って怖いね。


だから僕は、きっとこれからも現場に足を運ぶし、CDやDVDや雑誌やグッズや生写真をいっぱい買うために仕事があれば働くし、仕事のあるなしにかかわらず一攫千金をめざして馬券や車券や宝くじやサッカーくじを買うでしょう。それでいいのです。おカネ儲けをしたい人にはさせてあげればいいじゃないですか。そんな余裕はないけれど。そんなことは僕らと彼女たちのココロのやり取りには関係のないことなのです。脳内って(ry。



応援していこう。
もっと強く、もっと大きく、もっとたくさん。
彼女たちがそれぞれの理想のゴールにたどり着くまで「自分は愛されているのだろうか」と不安にならないように。
201人どころか2億人からツッコまれても平気な顔でいられるように。
顔の見えない悪意に負けないように。
自分に負けないように。
熱く、やさしく、大きく、強く。
そんな愛情で、僕らのために笑う僕らのヒロインたちを、一人残らず包みたい。



ひそかに僕が託していた夢は叶わなかったけど、それなら叶うまで見続けるだけのこと。
かつて付き合いのあったヲタ友、というか僕にとってヲタク道(爆)の先輩とか師匠格ともいえるのかもしれない人が、かつてこんなことをいいました。


「夢を壊すものへの最大の抵抗は、夢を見続けることである」


現実が僕の夢を壊すなら、僕の夢が現実に風穴を開けるまで抵抗するだけのこと。
いつだって大穴狙いの夢を買う。
一生叶わぬ夢ならば、死ぬまでずっと見ればいい。


夢ってやつも色々ありまして。
「一般人になるなら好都合だ、死ぬほど頑張ってイイ男になって、とっつかまえてマリッジかますぞコノヤロウ」
という夢だって、これからはきっとアリ。頑張れよ諸君(笑)。