例の番組の件
自分の考えをまとめるために書くものでしかないから、できれば読んでほしくないなぁ。
ま、ノーコメントってことで。
僕は「赤旗を読んで漢字を覚えた」くらい左翼思想を刷り込まれて育った人間だから、叩こうと思えば徹底的にやれるんじゃないかと思う。あの回は見てて不愉快だったし、その前の回(だっけ?)もフランス人には見せられないぜ。
でもね。
例えば徹底的に叩くとして、最終的に誰がダメージを被るかといったら、今回の場合は℃-uteなんですよ。オモテ舞台に立つということは何かあった時には矢オモテに立たされるわけで。
ならば僕にはできない。したくない。
大手掲示板だけじゃなくブログやmixiでも感情的になって色々書いている人もいるようだけど、その結果どうなるのかって想像はしてるのかな。自分の発言がヤフーに、ニッカンに、ゲンダイに、文春に取り上げられたらどうなるだろう。そうなったら「あれは一時の感情で書いたまでのことであって」とか言い訳したってもう止められないぜ。
それでもしものことがあったら「俺は正しいことを発言したのだから間違ってない」で済む話じゃないんですけど。いや済むんだろうな、そういう人たちにとっては。むしろ喜ばしいのかも。「俺はTVマンや芸能人の息の根だって止められるぜ」だもんなぁ、かっこいいよ。あー大したもんだ。
ネットで発言することによる影響を想像できないのなら、あの番組を作った大人、チェックを怠った大人と同じじゃないのかな。
みんな『携帯小説家』見たはずなんだけどなぁ。あの客席で感じたことをこういうときに生かせないのなら、あの素晴らしい役者たちの素晴らしい芝居は何だったんだろう。
ただの見世物なんかやってないはずなんだけどなぁ。
別に「黙れ」っていいたいわけじゃないんですよ。原則的には議論されていい話題だし、批判されてもしかたないことをやった人はそうされて然るべきだと思う。
もちろんその筆頭は番組を作った人。プロデューサー氏はブログの抗議コメントを全部削除したらしいって話も聞くけど、輪をかけて最悪な対応。僕は氏の作る番組が大好きだけど、さすがにこれは弁護のしようがない。
そして、作る人が自主規制しなかったのなら、チェックすべき人がストップをかけないといけない。テレビ局はミニ番組までチェックする時間も人材もないとして(それはそれで問題がありまくり)、収録には事務所の人が立ち会ってるはずなんだけどなぁ。何かあるたびに思うことだけど、つくづくタレントを守る気のない人たちだよね。
とにかく認識が甘すぎるのだよね、大人たちの。これが平和ボケってやつなのかもしれない。
じゃあ出演者はどうなのか、というとこれは「グレー」としかいいようがないと思います。(リンクしないけど)いぬいぬさんが引用されたP日記の記述では、ネタは出演者の希望の場合もあれば製作側が提示することもあって、それぞれのネタが誰の発案によるかが発表されてない以上、勝手に性急な判断を下すのは大人のやることじゃないでしょうね。
今回は恐らく製作サイドの発案だろうなーとは思うものの確信は持てないわけですが、よしんば出演者があのネタを提案したとして、やっぱりそこは周りの大人が事情を説明して抑えなければいけない(別に説明しないで「とにかくダメ」でもかまわない)ところなわけで、どうしたって大人たちの責任は免れないところです。
語るなら全力で感情を抑えろと。ネタがデリケートなものだということがわかるなら、言及しすぎることもまた別の方向でデリケートなんだってことくらいわかりそうなものだと思うんですけど。
だから僕は、冷静に語れるくらい自分が落ち着き、また状況が静まるまで「取り上げるけど言及しない」という卑怯な逃げをうつことにします。いや十分言及しとるがな。