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現場の翌日(正確には翌々日でしたが)の仕事はいつもそうですが、今日も余韻に浸りまくってよいーんよいーんしてたわけです。
そんななかでふと思いました。
麻丘めぐみの『芽ばえ』じゃないですが、
(俺)<もしもあの日℃-uteに会わなければ♪
(俺)<このワタシはどんなお年寄りになって〜いたでしょう♪
「足にマメをこさえて街から街」は最近の方が多いし、「悪い遊び覚え」たのは遥か昔のことなので関係なく、「いけない子と人に呼ばれ」るのには慣れっこなんで泣いたりしない。大部分の人にはわからないネタですいません。


ZYXもあぁ!もハロコン乙パスもオールスターズも現場で見ていて、℃-ute℃-uteとして現れたのを始めて見たのは武道館のバリバリ教室で、2006スポフェスで見た後は連番相手に「時代は℃-uteだな」なんて半分冗談のつもりで言ってたし、SSA娘。コンオープニングアクトも見た。まっさらのCDが売り切れてて凹んだ。
そんな感じでなんとなく℃-uteとのつながりみたいなものはあったのだけれど。
あの日。
もしもあの日ステラボールに行かなかったら、今の僕はないだろう。というか今の自分じゃない自分って想像もつかないわけですが。
何のことかわからない人には関係のない話です。


けっこう行く気まんまんでしたね。「やるんなら行くよ。他に答えはない」みたいな。実際行くまでは大変だったんですけど(苦笑)。
なんで行く気を保てたかというと、言葉にするなら、
℃-ute自身が℃-uteをあきらめてなかったから」
という表現になるでしょうか。じゃあ俺が勝手にあきらめるわけにいかないじゃん。そんな気持ちはありましたね。


あきらめないでよかったよね。℃-uteも、俺たちも。
もしもあの時あきらめていたら、今の俺たちが感じるこの幸せはなかったよね。
僕が℃-uteから感じ取ったもので一番大きなものはそれかな。